Tさんから、日本テレビ、NNNドキュメント「放射線を浴びたx年後ビキニ水爆実験、そして」のビデオを送ってもらい見ました。http://www.veoh.com/watch/v274059643k9c58ME
1953年のビキニ環礁でのアメリカの核実験は3ヶ月の間に6回、その死の灰を受けた漁船は福竜丸だけでなかった。その頃そこで働いていたマグロ漁船の乗り組み員のほとんどががんで死んでしまっている。しかし国は,広島,長崎の原爆被曝者ではないということでなんの手当もしないばかりか、アメリカからの口止め料200万ドルを受領して、以後一切文句申し立てしないという書類をとりかわしている。
日本列島はほとんど全島被曝して、しかもアメリカとの取引後、放射能の測定すらしていないから、日本人のほとんどは食卓に載った汚染の魚をたべている。私は十代、二十代にすしがすきでずいぶんマグロをたべたし、手が荒れてどうしようもなかったため、食養にであったので魚は食べなくなったのはせめてもラッキーだったのかもしれません。
国も被害者も口をとざしてしまっていることにたいして一高校の教師が実態解明にうごき映像を残した.[そんなに急に変わると思っていない。谷川でセメントをコツコツ穴を開ける赤い子の蟹といっしょで,そんな心境です。何時の日かきっと変わる日が来ると思ってやらなければ、しんどくてやっていられない」
そして漁船の船長の寡婦の言葉がおもく、福島とかさなってしまう。「なにもしゃべりたくない、しゃべってもなんにもならん。」「何時の時代にも弱いものにしわ寄せが来るのは何時の時代もいっしょや、何時の時代もいっしょや」 2012年1月30日