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オオニシ恭子の薬膳日記

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薬膳日々

朝4時に目覚めたが、猫のナツがそばでねていたので、動かずにじっと時間をすごしていたが、そっと起こさない様上半身だけ起きてコンピューターをとって布団空でないまま、操作してメールなどはじめた。
6時にナツが起きたので私もおきた。
今日は、何はともあれ、吉野にいきたいとわがままをいう。もう、桜は散ってしまったという。私はそれでも桜の散った後でも咲いていた状態を想像する為に、どうしてもいきたい、と言い、3人で吉野に行きました。Mさんはくねくねの山道を運転してくれました。彼女達は満開の時を見ています。
私は途中居眠りしてしまったのですが、Mさんが『ほらほらまだ少し咲いています」という声で目をあけてみるのですが、桜らしき木が寝ぼけ眼にはボーとしていました。
お昼は古い木造のレストランにとびこみで入ると、3階の大広間の座敷に通されました。誰もいない
座敷から眺めた庭の感動的な美しさ。店主が庭の渡り廊下の脇に咲く花をさして、『野生の桜ですよ。うちは桜は散った後がきたないので桜を植たわけではないのに出てきたんですよ。よかったら
履物があるのでお庭にどうぞ」と言う。その桜は桜と言われなければ桜と思えないほどツツジのように低木で花はいま盛りで白地をところどころうっすらピンクに染めたようで、全体が何とも愛らしい。見ていて飽きないほどひきつけられた。MさんもWさんもとてもよろこんで、めずらしがって、私を待っていてくれたのよ,という。わたしもわがまま言って出てきたのはこの桜を見ることになっていたような気がした。
吉野の山桜はさわやかで清楚な感じの花という印象ですが,この野生の桜と言われたのは厚みのある花で八重桜のように濃くはなく、上品な愛らしい花というかんじでした。庭に出て、近くで見て写真など撮り、(後ほどアップ)何も見れなくても、残骸でも見て満開の様子をイメージするだけで,とおもってきたのでしたが、思いがけず珍しい花にめぐりあえたのは嬉しかった。予約していなかったので
お料理がなかなかこなかったので時間はたっぷりあり、庭を楽しみました。庭は山の斜面で楓が2本しだれ、石、踏み石,などが年月をかけてつくられている,自然を上手に生かしている古い日本人のセンスに感心し、楽しみました。奈良は奥深いな,と満足。

面白そうなお土産屋さん,食べ物屋さん、葛きり、葛餅、草餅屋さん、端布屋さん,民芸品屋さんなどがぎっしり建ちならぶ山道を道草しながら歩く楽しさ、お寺に参拝したり、新緑の間に、盛りをすぎてしまったえんじ色の桜木をみながら、奥千本、上千本という小山を望んで、満開だったら凄いだろうと,想像し、フル回転で脳を満開シーンへイメージする。来年の時期まで待てなかったのです。
結構大勢来ていたのですが、満開時期が過ぎれば,人も少なく,店も閉めていて、今が最後の活気時、店のほうも熱心に呼び込んできます。それでも5時近くになると店じまいで客も減りました。
山道を引っ返す途中、家並の切れ目に路地が下ったところの遠景に奥千本の小山だろうか,夕日が当たりそこが何とも言えないえんじ色の渋い色合いにスポットが当たっているように浮き上がっていた。
『わー』と3人で小道を下りしばし見とれていた。
吉野の桜をみたいと思ったのは、10代の終わり頃、小林秀雄の山桜についての文章を読んだ時からだったが,満開のシーンではなく、その後の別の渋さを堪能したり,愛らしい若い野生の桜をみたり、小林秀雄もそのことには触れていなかったから、思いがけない発見に満足しました。
12日
by kyoko-yakuzen | 2013-04-12 22:16