オオニシ恭子の薬膳日記

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薬膳日々

今日は私の誕生日。生まれた1941年は第二次大戦が始まった年です。4年後が終戦ですが、疎開前なのでしょう、焼夷弾が夜空を走るのを見たり、防空頭巾を被せられ夜中に何度もなんども起こされて防空壕に入ったり、秋田に疎開した時のこと、東京にかえる汽車のこと、などなど断片的に覚えていますが、その後、今迄戦争体験もなく無事生きてこれたものの、今度の震災で日本はまた戦時中のような難局に直面してしまった。今後の人生考えなければならない。2011年5月31日
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by kyoko-yakuzen | 2011-05-31 05:35

薬膳日々

昨日みんなで一致したこれからの運動は、大きな意味があるし、日本をかえていく意志をひろげていく
運動だと思うと命をかけても良い価値があると思いました。全ての根源である自然を大事におもうことを思いだす。日本は自然と共に生きる文化をはぐくんできたというのに、いつからか国土をよごし、産業,産業と金儲けに走った。これも戦争にまけた事が原因しているとおもうといまいましいかぎりです。食事が大事、そしてそのもとの大地や水が大事という事をもっと考えなければ、食事の意味はなくなってしまいます。     2011年5月30日
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by kyoko-yakuzen | 2011-05-30 05:25

薬膳日々

ロッテルダムのO.M.さんのところでM.M.さんと日本の窮状に少しでも貢献できる私たちサイズの行動について話し合っていた。原発反対、質素革命、大地と水をとりもどす、海藻をふやしていく、生活感覚をもどそう、などなど。しかし今は原発反対と最低の土地と水をまもることの運動をどうやって展開していけるかとはなしあっているところにH.K.さんが加わって、彼女が「ドイツでは憲法で自然をまもる」義務と決められていて、それでドイツの皆さん真っ先に原発反対、原発の停止など国民的にやっているという事を聞き、これだ!と思いました。日本も憲法で自然を守り、自然と共に生きていくという永遠的な憲法を定めるべきだと。日本人は自然とともに暮らし、実に優雅に自然と共存し独自の文化を作って来た。それが、現代の憲法では主権在民、人権、刑法、税法など人間社会の約束ごとをきめているが、自然との共存のルールをわすれている。自然を守る義務によって原発、農薬、いかがわしい汚染物質、過剰な設立,見苦しい人工破壊など度をこしたもの全てが憲法違反の犯罪化する。この一条のルールを憲法に入れよう運動が良いと思った。急に熱い気持ちになって、皆さんもすぐ同感で、気持ちが一致したのです。みなさんが探していたものがはっきりしたのです。私は非常にすっきりした気持ちになった。
たとえ憲法化実現にならなくても、この運動はおおいにやる意味はあり、国民的意識を変えていく事が出来るのではないか、そして世界にむかっても何処の国においても自然を守る義務の感覚を拡大させていく必要があるのです。
それから、ホームページhttp://www.geocities.jp/e_yakuzen2007でまもなく放射能対策、非常食
などのコラムを作りレセピや役にたつ情報を発信します。
2011年5月29日
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by kyoko-yakuzen | 2011-05-29 01:11

薬膳日々

放射能をたべる微生物の事がネットにでていて興味ぶかい。何もかもだめじゃないかと絶望的であったが、再生の希望がもてそう。あの日以来、日本もわたしも変わらなければならないけれど、やっとなにか新しい希望の方向へいけるかもしれないと思う。今までの価値観、発想のねじをゆるめあるいははずして見なければならない。生活、食事、生き方、価値あるもの、評価変えなければ。
2011年5月28日
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by kyoko-yakuzen | 2011-05-28 07:43

薬膳日々

ミドルバーグで海藻プロジェクトのメンバーで来年度の方針を話し合い、さらにアピールさせるため、メデア、本、ホームページなどでアピールさせ、スローフードやグリーンピースとも連携しようとなった。2011年5月27日
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by kyoko-yakuzen | 2011-05-27 07:37

薬膳日々

たくさん住みのペンダントを作った。昔、備長炭が放射線を食べると知ってずいぶんインテリアオブジェやペンダントを作った事があるが、備長炭はきれなく割ってやすりで形を整えていた.気がついたら家のなか派あちらこちら黒くなり自分の顔をうす黒くなった板ので何となくやめてしまったが、また菜何となくはじめた。備長炭野なかには微生物が住んでいてそれが放射線をたべるという。炭博士の岸本博士の研究を信じた、アクセサリーもただの形より意味がある方がよい。炭はダイヤモンドより価値があるかもしれない。        2011年5月26日
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by kyoko-yakuzen | 2011-05-26 07:26

薬膳日々

朝、メールをあけ、一時帰国して、仙台から南下して被災地を見、撮ってきたAさんからの印象的な感想をよんだ。たとえば、仙台では想像とはちがって震災がなかったかの様にものにあふれ活気があって、驚ろいたが道路ひとつへだて、方やまだに途方もないがれきの山と食べ物さえもままならない避難所暮らしの人たちがいて、、、とあり胸が痛くなった。被災の少なかった人々は忘れようと、以前の生活に戻ろうとしているのだろうけれど、かたや、戻るにもどれない人々がいる。彼らは置き去りにされ、忘れ去られていく。そしてますます孤独感と生きる希望を失っていくに違いない。しかし私たちは最もひどい立ち直れないほどの打撃をうけた人々ほど今後の私達のあり方を示すために犠牲になっていられると思います。その方たちによりそい、今後の事考えなければ、本当の日本の再生はないだろうと思うのです。いままでのあり方をなおさねば、また第二、第三の福島の不幸を他県が持ち、そのときは日本はもう消えてしまいます。
虚構の繁栄をやめて、みんなで実のある生活方向にいかねば本当に日本はなくなってしまう。
今は,最後のチャンスだと思います。
わたしは第二次大戦の年にうまれたとはいえ、敗戦の痛みの実感はありません。私の両親たち世代は必死で豊な生活をとりもどすために生きてきたのですが、そのあげくが見せかけの豊かな食生活、アメリカの統制下で、与えられた豊かさ、そのかげでおそろしい偽もの食生活と拝金主義に汚染され日本文化も美意識もかなぐりすてて,そのつけの内蔵の疾患をふやしました。それでもまだ、よごれてたとはいえ土地があり、水があり、空気、太陽があれば再生可能な希望はありました。しかし、今回はその土地も水も,再生不可能な途方もない事になってしまった。生きる最低限の条件まで失ってしまうというのは絶望的です。それではこれからの若い世代は生きていかなければならない。けれどこんな絶望的であっても、まだこの人たちはというすばらしく美しい人々(必死で間違いの生活を警鐘して来た人々)がいたということで、今こそ本当の生を真っすぐ見なければならない、、、。そして何ができるかと考えていた。ユーチューブでたまたま古い録画を見た。1960年代の盛んなアメリカ、旧ソ連の核実験など世界の核実験禁止にこぎつけたのは、日本の無名の主婦達が子供の未来を危惧して、止むに止まれずはじめた署名運動が、膨大な数の署名をあつめたことが世界にひろまり、数の力で制する事ができたという。私たちも今、日本ばかりでなく、世界の原発阻止、原発にたよらない、弱者を置き去りにしない分け合う生活の方向性への署名運動からはじめたいと思った。

2011年5月25日
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by kyoko-yakuzen | 2011-05-25 10:40

薬膳日々

ロッテルダムの講習に出かける。
おわって、いつものようにカフェで残れる方との雑談はいつものことですが、今回はやはり被災地のことばかり、クラスにいわき出身の方がいて、その日、帰国していたので現地の様子を聞く事もできましたし,より身近な問題として迫るものがありました。
気がついたら0時をまわっていて、あわてて帰途につきましたが、家に着いたのが3時過ぎでした。
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by kyoko-yakuzen | 2011-05-24 10:32

薬膳日々

一日中引きこもり。ユーチューブなどで小出裕章先生の講義やTさんが転送してくれたNHKのドキュメンタリー『木村真三さんの福島の放射能汚染を調べあるいたドキュメンタリー」を聞きながら、ひとりで感動したり、泣いてしまったり、日本の中にどっぷりいた。


NHK特集1-6ネットワークで作る放射能汚染地図~福島原発事故から2ヶ月

http://www.youtube.com/watch?v=__xoJwtw63g

http://www.youtube.com/watch?v=_jT4KTSNdYg&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=HzWIWHWr34Y&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=Njt34CrCsTM&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=KWbcJmY5Sik&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=D6JtLRPM5n0&feature=related

2011年5月22日
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by kyoko-yakuzen | 2011-05-22 07:28

薬膳日々

アムステルフェーンに講習で出かける。途中工事中があり30分以上ロスした。土曜日曜にはラッシュはないが、よく工事をしていることで一車線になってしまう。会場に着くと、エプロンをかけた皆さんがでてまっていらして荷物の運び入れを手伝ってくれました。
一時間以上、大震災の事などはなし、料理の講習は皆さんと一緒にやりました。『非常食」をしました。
終わって、Tさんと震災,放射能の話、怒り、悔しさ、今後の不安が噴出したかんじでしたが、何か長期でできることを考えようと言ってわかれ、ブルージュまでゆっくり、暮れない夕方を運転して帰る。着いたのは10時をまわっていたと思うがさすがにこの頃は暗くなっていた。2011年5月21日
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by kyoko-yakuzen | 2011-05-21 07:13