オオニシ恭子の薬膳日記

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薬膳日々

ベルギーについて、地球の裏に来た感じがしない。機内でズート本を読んでいたせいで、移動の感覚が持てなかったし、同じような気温であったし、ただ、行き交う人々が日本人ではなく、言葉が日本語じゃなくなったから、異空間に来た事はまちがいなかったが、日本ではむしろ移動がはげしかったので、ちょっと日本の外人村に来たような感覚であった。
家に入ると庭の事が気になって出てみたが暗くてよくわからないから、今朝早く起きて明るくなるのを待ってでてみたが、どうやら、みんな無事のようであった。まさか期待していなかったのに、フラムボーズンの実がたっぷりのこっていたし、なんと立派なぶどうがたっぷり下がっていた。思わず粒をとってほおばって幸せ感じたのです。柚もなんとか、大根も立派になって、アケビも大丈夫と分かり
元気もらい、全く疲れはなく、新鮮な気分で明日の事考えられます。
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by kyoko-yakuzen | 2011-10-31 23:02

薬膳日々

成田からベルギーへ帰ります。まだまだやらなければいけない事がありますが、出直します。
飛行機の中では「桜沢如一 100年の夢」を読んでいて読み終わりました。桜沢先生の事が平野隆彰氏によってリアルに書かれている。ほとんど知っていた事ではあったが、小型飛行機の販売権を得て事業家としての部分や池田内閣の参謀と親友だった事はしらなかった。改めて先生の偉大さを思い
桜沢先生を再勉強しなければならないとおもった。桜沢先生は私の最も尊敬する人であり、この食のあやし気な時代これからさらに知られていかねばならない大事な人です。
アムステルダム乗り換えでブラッセルに向かう機内から見た雲海はグレイでぶ厚く、下降していくときは多少不気味なスリルがあった。
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2011年10月30日
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by kyoko-yakuzen | 2011-10-30 22:45

薬膳日々

藤井さんの畑にいきました。福岡に越したW氏の後を引き継いだ藤井さんは2週間に一度くらいの割で大泉学園の畑に2時間かけて通って野菜をたくさん持ち帰るのでそうですが、今日はご相伴にあづかって、キャベツ、ねぎ、水菜など抜いてきました。りっぱなニンジンや大根ができていました。私たちが帰る頃、他の区画のひとびとが三々五々にきてそれぞれの野菜に面会に来ていました。
キャベツの外葉が余りにも立派なのでおもわず頭に被ってみました。全身が熱の時などコレがあれば
たっぷり包みこめると思いました。2011年10月29日
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by kyoko-yakuzen | 2011-10-29 18:28

薬膳日々

いわきでお世話になった平田さんに手紙を投函して帰って来たら、平田さんから手紙がとどいて、欧州旅行からかえってお元気の様子でした。おもわず電話してお母様の明るいお元気な声を聞きました。
何かしなければとしていったけれど、逆に助けられ、してもらい、有り難いばかりでした。

M氏が「peace Jam]の、現地のお母さん達だけで作ったジャムをもってきました。
銀座の気仙沼コーナーで売り出されます。皆さん買ってくれるといいですね。
2011年10月28日
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by kyoko-yakuzen | 2011-10-28 13:21

薬膳日々

今日は朝方冷え込んだ。10月の末らしい気温でよく晴れていた。
もうすぐ戻らなければならない。ベルギーに戻ればすぐにデンハーグの朝市にだすものを検討し、東北支援のプロジェクトをくみます。
2ヶ月たっぷり日本にいましたが、署名運動のことで、必要な人に会えないままなのが残念でしたが、行った場所でお願いした署名はかなりになったものの、まだまだたりません。又、体制を整えて出直してきます。
時間がいくらあっても足りない。本来のんきな性分でやることが遅いのかもしれないが、いつも急いでいるような事ではストレスが高くなり息切れしてしまうから、やれるところまでやっていこうということでしかやっていけないかもしれない。  
人生短いな、と思う。この年にして、やっと食はこれでという事がわかり、これから社会にどのように役立てられるかということをしなければならない。
そして、アレもコレもと考えているとそのための技術も學ばなければならなくなり、時間はどんどん過ぎていく。「心は年取らない」と大事そうに書いてくれた人がいたが、心が年取らないからこそ困るんですと私はいいました。
2011年10月27日
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by kyoko-yakuzen | 2011-10-27 20:08

薬膳日々

川越に行ってみた。小江戸蔵通りを歩くといたるところ芋菓子から芋うどんと芋づくしであった。お菓子横町をみる。懐かしいだ菓子がカラフルに並んでいた。べっこうあめ、こんぺいとう、金太郎あめ、
甘納豆、きな粉菓子、かりんとう、いも羊羹、などなど。
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[時のやぐら」から[喜多院」へ行き、徳川家光の誕生の間や春日の局の化粧の間、五百羅漢をみてきた。本堂に渡るテラスのような廊下がよく、しばらくすわっていた。
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by kyoko-yakuzen | 2011-10-26 09:09

薬膳日々

異常なほど熱くて、夏みたいな日、新宿で藤井さん、久しぶりのTさんと会った。
今日はベルギーに帰るべき日であったけれど、飛行機をのばしたので、日本に来て以来初めて、気持ちの余裕が出来た日だった。新宿から高円寺にでて、高円寺の商店街をのんびり歩いた。
2011年10月25日
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by kyoko-yakuzen | 2011-10-25 08:37

薬膳日々

新宿8時06分、大宮経由で岩手県、一の関に新幹線でいく。駅にM氏がきてくれて公民館の調理場に直行した。「ピースジャム」の第2回制作。5人の若いおかあさんが参加。調理場のコーナーに赤ちゃんやお子さんがいて、みんなでなんとなく面倒見ながらのジャムづくり。
前回より道具をそろえていたので能率はあがり、出来たものは、製品として早速銀座の「気仙沼コーナー」で売る事になります。
テレビ局が終始取材したり、子守りしてくれたり、インタビュウーしたりとジャムづくりの一員になっていました。子連れ女性の新しい企業のはじまりですが、男性の支援があればこその良いスタートです。こういう仕事の形態、のびていくといいな。
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石の巻の仮設住宅でのおにぎり付きお話会のことが「河北新報」に載りました。
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by kyoko-yakuzen | 2011-10-24 23:09

薬膳日々

宮一さんが朝早く大阪からくる。朝ご飯をともにたべ、講習の準備.
セシオンで1時集合で山本さんがくる。2時から講習でした。
初めての方、いつも来てくれる方、懐かしい方、いわきや気仙沼に手つだいにきてくれたHさんやOさんがきてくれ、運転などでたすけてくれたM氏のお母様もきてくれ、パリ以来のM氏、(唯一男性参加、で教室は急に活気がでて、楽しい、喋り過ぎの時となりました。1時から7時と借りていましたが、時間はたっぷりあると思っていたのに7時にあたふたとかたづけ、時間が少し超過していました。
メニュウはいわきでも紹介した基本的なものでした。
「オオニシ先生のお料理はきれいなので好き」「主人がオオニシ先生のお料理がたべたい」という、というのを聞いて、今日のは話に力がはいりすぎ、いまいちだったと申し訳なく思いました。
がんばらなくちゃー。 2011年10月23日
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by kyoko-yakuzen | 2011-10-23 01:50

薬膳日々

古巣の日本CI協会で雑誌のための対談を会長とする。その後、尾形先生を紹介される。
そして、「桜沢如一、100年の夢」を書いた平野隆彰氏を紹介される。
師範の教室で挨拶をたのまれ、30年前までここで學んでいました、懐かしいです。ここで學ぶ事は一生の宝です、と挨拶しました。
オーサワ先生の資料展示をしていた。
オーサワ先生こそ、日本の偉人です。もっと世に知られるべき人物です。
この食で殺法をしている時代にとってはキリスト以上の救世主といってベルギー人がいましたが、真実でしょう。
オーサワジャパンで明日の食材を買う。2011年10月22日
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by kyoko-yakuzen | 2011-10-22 01:40