オオニシ恭子の薬膳日記

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薬膳日々

東北支援の旅の時、いろいろ助けてくれたSさんから荷物がとどいた。彼女が作った玄米、オーガニックの和綿の素敵なてぬぐい、それから日本CI協会の雑誌『Macrobiotique』だった。玄米の味がしりたくて、炊いてみたが柔らかくてこの上なくおいしい。手ぬぐいは紫色で手触りもよく、彼女のこだわりの
幸せ感が伝わって来た。雑誌には彼女が石の巻に同行してくれた時の事がレポートされていた。
和綿倶楽部HP <med-inc.jp/jcc>

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2011年12月31日
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by kyoko-yakuzen | 2011-12-31 16:43

薬膳日々

今年も残すところ2日になってしまった。なんといっても3.11のことが最大のできごとでした。
パリに行った際、Rさんが「当然知っているでしょう。3.11はイスラエルが仕組んだ人工地震だったということなんですよね」「ま〜,日本でもフリーメイスンだ、アメリカだ,という話は聞きました、中国では石原慎太郎が仕掛けたというゴシップ迄あると聞きましたけれど、、、どうしてイスラエルなのですか」「福島の原発の廃棄処分のウランをイランに売っていたというので、それで、イスラエルが怒って、、、」というような会話があったが約束の時間が次にせまり、そのままになり、気になっていたので、その情報ソースを探した。いろいろ出て来てかたっぱしから見聞きした。知ってよいのか知らぬ方がよいのか、本当なのか、妄想なのか、判断できる訳もない。そう思えばそうなる、、。9、11も又そうなのだ。だからといって何も知らないですむ時代ではない。知らないで謀略の犠牲になった歴史は多くあるのだ。
第二次大戦中、「東南海地震」があったことはあまり知られていないが、マグネチュード7.5の巨大地震があり、最も被害を受けたのは、戦闘用飛行機を作っていた工場で10代の子供が過酷な労働をさせられていて、犠牲になった。生き残った人々の証言から、それは、口外してはならない秘密だった。なぜなら大事な戦闘用工場が壊滅になったことは国内的にもアメリカにも知られては差し障りがあったからであったが、アメリカは4日後にそこが壊滅になった航空写真をとりすっかり把握していた。そして米機は空から「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とビラを配ったという。
それから,原爆を落とされた事を考えると、戦力に大差があった戦いをした日本の判断の間違いを今更ながら思い知ったのですが、その頃から、人工地震は可能だったのかと思わざるをえません。なぜ、最大の航空機工場を地震が襲ったのか、海底に仕掛けた原爆、次は陸に落とした原爆、、、ということだったのかと。
東北の震災が人工的だったとしたら、それはなんのため、政治,経済の闇の部分にかんして知る訳もない私たちというのは、、、と考えてもどうしようもないことです。
『LIVE』は反対にすると『EVIL』と仕組んでいる英語というのは、、、恐ろしいゲーム感覚をもっている。2011年12月30日
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by kyoko-yakuzen | 2011-12-30 10:27

薬膳日々

Tさん宅にEさんが自作のキクイモをもってきてくれた。パンと紅茶で朝食を一緒にとって、近くの中華街へでかけた。里芋、生姜、レンコンなど買ってから帰途についた。途中雨が降って来たがブルージュに着く頃に止んでいた。荷をおろし、仕入れて来たジネンジョをまずはよく洗いたっぷりおろしお醤油をかけて食べた.
甘みがあってフルーティだった。    2011年12月29日
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by kyoko-yakuzen | 2011-12-29 20:32

薬膳日々

バステイーユ広場の近くのビオレストラン「ゴナペティ」でSさんの映画作りのための撮影協力で福島や東北での事をカメラを前に話す。Sさんは食に関しての映画を撮っている。[peace jam]を店の棚に治めているところも撮影した。
作って来た[peace jam]は「ゴナペティ」の店舗で、パリでお初に売られます。
12時にはパリのお教室のメンバーが集まってみんなで昼食をとった。半年以上ご無沙汰していたのでお互い積もる話があったのに時間がかぎられていて、皆さんとゆっくり話が出来なかったのが残念でした。治病にめげず元気そうだったWさん、ご主人が亡くなって大変だったRさん、京都大の助教のお嬢さんとご一緒で益々若返っているKさん、ここ数年の困難も解消し、コンピューターをはじめましたというNさん、車が横転するという大事故に会っても怪我ひとつしなかったSさん、新たな仕事にはりきっているAさん、静かだけど充実している様子のIさん、ご主人の看護と仕事、子育てにもめげず、いつもにこやかで落ち着いたHさん、同窓会のような集まりでそれぞれがそれぞれのこの半年間の話をしながら、
情報交換し、またね、と別れていった。
私とTさんはサンジェルマンのカフェでの待ちあわせに急ぐけれど、年末の渋滞で遅々とすすまず着けばパーキングがなく、結局止められた場所からタクシーでかけつけ、遅れてすいません!というありさま。Tさんに紹介された、高名な彫刻家がお兄さんというFさんは洗練された感じのかたで、私のプロジェクトの話をきいてくれ、Tさんはパリでのご協力をお願いする。
そしてまた、[ゴナペティ」に戻ってジネンジョを積んで、シャンゼリゼにもどる。Tさんが日本からついたひとと会わなければならない。またまた渋滞で遅々として進まない。シャンゼリゼのイルミネーションは昨年より節電のためかぱっとしない。
パリのあちこち車で走って年末の光観光(観光とは光を観る事なのだ)は十分できた。Tさんの26階のアパートからのパリの全景を今夜はすっかりみて、1時間ごとのエッフェル塔の「チカチカ」とTさんが言うイルミネーションの点滅は十分に美しいし、近くのサクレクール寺院のライトアップは幻想的でTさん宅にくれば必ず見て来た。 2011年12月28日
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by kyoko-yakuzen | 2011-12-28 19:33

薬膳日々

昼食をとって、作っ たジャムを積んでパリに出かける。霧がたれこめ昼下がりというのに夕方のよう。パリに入ると急にネオンのひかりでキラキラしていてしらんだ空気に滲んでいるようだった。
ひさしぶりのパリ、バスティユのゴナペテイでHさんと会い、その後Tさんと待ちあわしてオペラ近くの韓国料理店にいった。肉抜き、卵抜きのピピンパくださいというと、うわーっ、と言われたが、それでも野菜のお好み焼き、キムチ、納豆入りの豆腐のキムチスープのようなカルテにないものを特別に作ってくれた。それがおいしかった。オーナーがTさんの知り合いで日本人だから、親切に、うちのメニュウは肉ですがと言いながらも作ってくれたのはよかった。
26階のパリ全市が見渡せるTさんの住宅も今夜は霧でエフェル塔もサクレクール寺院もみえない.
久しぶりの話であっという間に時間がすぎる。
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by kyoko-yakuzen | 2011-12-27 10:09

薬膳日々

Fさんの孫は12月うまれでプレゼントで部屋がいっぱいになって大変なのだそうだ。
ベルギーでは12月の初めに子供の7.5.3みたいのがあって先ずプレゼント、それからサンタクロースがあって、誕生日、そして又クリスマスがくる。それだけでもうプレゼントは十分すぎる事だろう、ところが父側の両親も母側の両親も離婚しているので、4方からプレゼントがきて、その祖父だ、祖母だ、叔父,叔母からとなると大変な事になるという。部屋中プレゼントでうまってしまうというのも想像できます。もう有り難くもなくなって、みんなでうんざりしているというのです。これがお年玉ならうんざりしないでしょうに。   2011年12月26日
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by kyoko-yakuzen | 2011-12-26 08:45

薬膳日々

クリスマスだというのに午後からジャムづくり、ベルギー人のFさんもクリスマスに関係なく割烹着をきて手ぬぐい頭にまいて手伝っている。彼女は大きな電気コードのついた桶のような物をもってきた。
ジャムを湯煎するのによいという。彼女のお母さんは昔、冬にそなえて、野菜を瓶詰めにして湯煎して保存食とするのにつかったという。温度調節もでき、発酵させるのにもつかえるというから便利そう。
ジャムの小瓶40−50個余裕で入る。彼女はちょっと面白い女性です。家が目と鼻の先なのに、今晩泊めてといって、布団をもちこんでいきた。娘夫妻がとまりにくるから、気をお互い使うのが嫌だという。多分良い母親なのでしょう。
ドクターなのにジャム作りをしたがってくる。仕事場では神経が疲れるらしい。ジャム作りは、頭を使わないから楽だといってる。(彼女はジャム作りというより、瓶の消毒、湯煎、ラベル貼り専門にしてくれます。)2011年12月25日
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by kyoko-yakuzen | 2011-12-25 08:26

薬膳日々

気仙沼に多少の小児用下着や娘の子供の時の思い出の古着など送った。
街はイブでキラキラして、人も忙しそうに最期のプレゼントを買いあさっている。
中央の広場はスケートリンクができ、その周りはクリスマーケットの小屋が立ち並び、人が群がっている。
今年はどうしてもクリスマス気分になれずツリーも飾っていない。でも毎年変えているミストール?
を探し求めたがもう売り切れていたが近くの花屋にやっと売れのこりがあった。毎年家の入り口の壁に下げることで厄払いになると10年以上前にイタリア人にもらって以来、年末に新しくしているのが習慣になった。さすがにこれだけは変えたかった。

静かな夜、どこからか教会の鐘が聞こえた。
そして、また、「海と森をつなぐ日本の再出発」を聞いた。
2011年12月24日
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by kyoko-yakuzen | 2011-12-24 10:23

薬膳日々

YOUTUBEで「森と海をつなぐ日本の再出発」という日本再生のシンポジュームというのを聞いていたら「オークビレッジ」の稲本さんというひとが企画したらしく、震災の被害にあった気仙沼のカキの養殖のひと、黒姫に住む英国人だけれど日本に帰化したひと、国土計画に関わった人などの意見を聞いていると、どの人も日本の森をとりもどせば、川も海も生きかえり,燃料も木でまかなえるといっている。稲本さんといえば、私がまだ日本にいたころ、会った事がある。私も若かったが、まだ若く、都会から飛騨だったかオークで家具を作りにいく、ということで私も興味をもった。その頃わたしも都会生活を止めて田舎に住もうと田舎の場所を物色していた。そしてオークビレッジを是非尋ねてみたいと思っていた。そうならずに欧州へきてしまったのですが、稲本さんはそれからずーと木にかかわって、木の仮設住宅がいかによいかを説明し、杉はいくらでもありすぐ育つからその利用としても良い、木は食べる事もできるんです、と熱烈に話している。彼は37年前に山に入ったと言っていたがまさしくわたしが会った時はその直後であった。その時知らなかったが、彼は原子物理学者をやった後に、一転木工になる事になったという。
稲本さん「人間は付属栄養生物で今生きる事のあり方を考えなければならない。」
「文明とはなんなのか。」
「37年前、原子物理学をやめて木工やるなんて気が狂ったのかといわれた。森のないところが森になった。に本こそ今世界に新しい生き方を示す機会だ」
畠山さん[海は森から流れてくる水で豊かになる。森は海の恋人である」
「アムール川(中国とロシアの間を流れるがオホーツク海にながれ北太平洋に流れそれが三陸沖に流れてくる。それが鉄分(フルボ酸鉄)を運んでくる」
「日本復活は森と川と海の関係をよくすることしかない」
「被災にあっても気仙沼ではだれも海や津波を恨んでいない。海がなければ生きれないとおもっているし、その海をよくするには塩水だけでは生きれなく森がはこんでくるものが海を豊にする。津波の後も調査の結果、海は何もかわっていなく、牡蠣も海藻も健在だったという事に驚いている。」
「日本の木をどうやって使うかです」
ニコルさん「日本の放置された森に光をいれ風をいれれば,花が咲き、虫がくる、そして鳥が来て種をおとす。そして野生の動物もどってくる。」
「水は森の母です。」「日本の北には流氷があり南には珊瑚礁があり、すばらしい文化がある。
「人間の半分は海から、半分は森から」
「人間は森に住むべき」[日本は経済大国でなくていいじゃないか」
大熊教授「大防潮堤にたよりきったのはよくなかった。」
[明治以降の近代化をみなおす、われわれは覚悟が必要だ、自然とどう共存できるか」
「森と海をつなぐためにダムを壊さなければならない」「決して
「東京に電気をおくるために装置を作った場所では電気がない。水力発電歯決してクリーンではない。東京に電力をおくるために信濃川が死んでいる」
「景観を壊さないという事がだいじだ。スケールの大きすぎる物は何かが起きると手におえない」
本衆議院議員高見さん「神戸震災のとき、何が起きているか何処にも伝えられなかったし、また政府から被災者へのお金がでなかった」[世界で再生化エネルギーになっているが、日本は全くあがっていない」「原子力をまったくつかわなければ1980年に戻るがなにか不自由があったろうか」
[原子力マフィア、、、」

”自然と共存するためにそのように価値転換をしていけるのか”
*先ず山に入って見える範囲の生活をしよう。木は届く範囲の資源だ。(稲本さん)
*森は平均2度涼しく、夏は16度、冬は逆に平均2度暖かい。責任をとる、弱いものを守るという
 武士道をとりもどす、ライフスタイルを変えよう
 あらたな技術で江戸時代のリサイクル哲学を生き、自給自足ができる。(ニコルさん)
*東京が信濃川を犠牲にし、福島を犠牲にしているという事を知ってほしい。
 見落としているところをトップはキチンと認識し態度をかえてほしい。(大熊教授)
*[原子力マフィアに組み込まれている状況を批判していかねばならない」(高見さん)
*「生きる事に必要なのは火と水、山にいながら電気に頼りすぎて、いざとなるとなにも焼くにたた
 ない事を経験したので、今は廃材を使っている。エネルギー問題を考えなければならない。(畠山 さん)
*自然と共存する智慧を先祖に學ぶ。
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限りなく考えさせられた。2011年12月23日
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by kyoko-yakuzen | 2011-12-23 07:58

薬膳日々

Mさんから南相馬の人のブログをおくられて、読んだ。3、11以前はなんの肉体的問題がなかったのに、以後歯はがたがた、折れてしまったり、湿疹がでたり、肉体的不安が綴られている。
誰も放射能との関係をはっきり言い切れないもどかしさがあるけれど、どう見ても放射能からの影響に違いない。こういう方々にやはり[食」での自衛を勧めたいとおもい、その方法を考える。そのブログをよんで驚いたことは、その方がいろいろな脅しや批判や脅迫に疲れていると訴えていた事だ.
原子炉が続行してほしい人々、原子炉がなくなると困る人々なんだろうけれど、、、。福島のあの災難を持ってもまだ、価値観の変換が出来ない人々がいるというのが、驚きです。2011年12月22日
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by kyoko-yakuzen | 2011-12-22 07:44