オオニシ恭子の薬膳日記

koyakuzen.exblog.jp
ブログトップ

<   2012年 05月 ( 31 )   > この月の画像一覧

薬膳日々

高円寺でM氏とジャムの確認。高円寺商店街に入り、『七つ森」というレストランで野菜のカレーライスを食べた。その後、日本CI協会に行き,勝又会長と面談し,福島のことなどはなす。会長に思った事すぐ行動に移すその原動力は?と聞かれ,自分のようなちょっと陰性気味が超陽性に思われている事なのだなー,とあらためてなんでこんなに忙しい思いばかりしているのかと逆に聞きたくなったのですが、私はどちらかというと、行動に移すのが遅く陰性だ。動かない人はわたしよりさらに陰性なのではないですか。兎に角日本が危機だという危機感があれば、動かずにいられないと思うのですが。2012年5月31日
[PR]
by kyoko-yakuzen | 2012-05-31 17:38

薬膳日々

馬喰町で中川さんと面談後、その場を借りて江原道のための料理撮影をしました。
a0160466_1732299.jpg

[PR]
by kyoko-yakuzen | 2012-05-30 17:29

薬膳日々

朝、1時間寝坊して6時にM氏といわきを発つ。途中福島市から宮城に向かう道路はズート線量がたかかった。M氏は遅れを取り戻すように決行スピードを出していたが、椎名林檎のCDをかけていてくれて
いた。やっぱり,椎名林檎って凄い、とおもいながら、高線量のなかを、通り抜ける感じが,なにか、透明感のある不安定な歌声と妙にマッチしていた。
M氏は途中、ジャム作りに集まるお母さんがたへの配慮をわすれることなくドーナツを買いにいき、気仙沼へと向かいました。

公民館のキッチンで、割烹着を着て、ジャム作りにはいりました。りんご,イチゴ,オレンジ、ブルーベリー,の4種類をそれぞれ,大鍋に入れて火にかけてしまうと、結構暇ができお昼を買いにいって
皆さんとランチタイムとなり、おしゃべりしながらのリラックスした時となりました。
鍋の水分煮詰めながら,子供の面倒みながらジャム作りなんて、いい感じです。これが自分達の
庭の緑の木にかこまれて出来るようになればさらによいのですが、工場はまだです。

今回は一般的ジャムの追加製品ですが,次回は海藻のジャムや,『ピースあんこ」なんか道だろうかという事をはなしたりしてポジテブな話題でみんな元気でした。
寒天,甘みを入れて手早く瓶詰めをし、湯煎をして箱詰めにし、時間内に余裕でしあがりました。
お茶の時間に急にハッピーバースデイ ツーユー、とみんなが謳い出すので私もあわてて一緒にうたい、誰か子供さんのためだろうと思っていたら,わたしに寄せ書きの学がわたされましたので、
ナーンだ私がひとつ年をかさねる事がばれていたのか,ということでした。
もう,この年までくると隠す事もできないわけですね。

一関までM氏が送ってくれ新幹線で東京にかえりました。
a0160466_1502032.jpg

2012年5月29日
[PR]
by kyoko-yakuzen | 2012-05-29 00:47

薬膳日々

大久公民館。久之浜の公民館で最後の講習。最後だと思って気合いが入って力み過ぎの感あり。
残った材料もみて、持ち込む物が多くなりました。「千日紅 花の会」の小島さんの率いる会30名以上という。会場に着くと皆さんで迎え,荷物もさっさとはこんでくださり、凄いチームワークだとおもわれました。会場は一杯になり講習がはじまりました。
小島さんは他県からこちらにこしてきたお華の先生ですが,多くのかたがなくなられたのに供養もままならずにいるのを見るにみかね、浜で花供養をした方です。それで皆さんに慕われている方のようで
お話すれば,とても心が通うかたでした。
最後に、思い残す事なく話そうと思い,かえって話の中心を欠いてあちこちの話になったような感じになって、調理のほうも満足な味にはならなかった。大勢の中で時間内にやり終える事が精一杯だったかもしれません。
杉本さんもよくてきぱき手伝だってくれましたし,みなさんも手慣れた感じで料理はすすんだものの、
細かい所の指示にかけていたのか,コロッケはぶあつ過ぎたし,スープのめんはの美味が薄すぎ間が抜けていた,ご飯も固かったので思い残す事ありの感じであったが、みなさんはおいしいといってくれた。
講習がおわってから、小島さんとお話をし,そして福島からドクターK氏がきてくれいろいろ貴重なお話をききました。彼は尊敬すべき人でした。福島の子供を疎開させるプロジェクト、動物を助けるプロジェクトに命をかけているというかたでしたし、非常に情報通でそれは信頼と正しい判断のために必要な核心を握っているとかんじましたので、いつまでもきいていたいというないようでした。
ついに気がつけば12字頃迄話していたのでしたが,M氏が向かえに来てくれ,彼と気仙沼へ移動することも出来ずに結局早朝に発つ事に変更しました。
助川さん宅にもどり、朝方まで荷造りしたり,整理して、いました。2012年5月28日
[PR]
by kyoko-yakuzen | 2012-05-28 00:20

薬膳日々

a0160466_1543983.jpg
中央大公民館。昨日と違ったメンバーです。
男性が2人入っていましたが、最後の意見,感想の時、正直に味が薄くて美味しく思わなかったという事を躊躇しながらいうのでした。今日は特に子供向けに味が薄く,ニンジンボールなどでしたからもっともだったかも知れませんが,はっきり今日の講習目的を再度いい、男性はもっと味を濃くしてもよいこと、それぞれが違う自分食をさがすべきこと、自分の舌が外食などの味の濃いものや、化学調味量,動物性に慣れている場合、今日の味ではものたりないのも最もであることを説明しました。
2012年5月27日
[PR]
by kyoko-yakuzen | 2012-05-27 00:11

薬膳日々

中央台公民館で10時から。新妻氏が8時10分に来てくれてむかう。
震災にも被害のなかった立派な公民館に到着し、料理室に入ると、すでに笑顔の愛らしい澤田さんがいらしていた。
今日は、グルテンについての調理法について説明が長くなったが,新たなお肉ですと言いたかった。
殆どが若い、お子さんがいらっしゃる方々のようで、新妻氏から「皆さん放射能には過敏になっている方々」と言われ,「突っ込んだ話をした方がよいのですか,しないほうがよいのですか」と聞くと、
「余り,言わない方が」と言われましたが,話し始めると、結構しつこく話してしまった。気にしていることだから、やはり、そうなって、放射能ばかりが問題ではない、農薬,化学薬品,添加物などなどいろいろあり、その全てに目を向けていかねばならないと、言ったがそれは、もしかすると放射能だけでも大変なのにまだあるのかと思った人もいるかもしれない。放射能を避けられたとしても他の要因も大きな問題で、放射能の問題は確かに大きく、たいした事ではないと言いたくてもいいがたく、あなた達ばかりでなく他の人々も同じ危険にあるのですよと慰めるつもりが,あるいは気を楽にするつもりが益々深刻な方向にいってしまっているではないかと,言いながら思った。しかし、皆さん,鰹節を使わないみそ汁をおいしい、自家製の2時間で飼育したお肉を美味しい、ひじきレンコンの入った玄米をおいしい、砂糖もバターも使わないビスケットをおいしい、と言ってくれみんなで記念撮影し,(数台のカメラにチーズし),帰りはニコニコ顔になり、車に乗り込んだ私を丁寧に見送ってくれました。

愛知大学の男性の学生さんが熱心で、終ってから、愛知県でやっている福島の子供を受け入れているプロジェクトについて聞いた。サマーキャンプで話してくれないかとの話もありました。
他県でも救援活動はあるのを知って日本も捨てたものではないとおもい、人はいろいろ、困難の時ほどそれが別れるなーと思いました。
ラーテムでやった子供のサマーキャンプの再現をしてみたいとおもった。

2012年5月26日
[PR]
by kyoko-yakuzen | 2012-05-26 04:10

薬膳日々

須賀川市の「銀河のほとり」という自然食品店での講習に朝7時半に新妻氏が迎えに来てくれて,助川山河版とお茶を用意してくれて車にのり、福島市方向にむかう。新妻氏は高性能の線量家を絶えず見て、「マスクしてください」と指示してくれる。私は酸素吸入器みたいなマスクをしてやはり線量計を見ていると,山に近づくと高くなる,郡山を通過するときは0.6−7usvになった。それが車内の数量だから外は,と外を見れば赤ちゃんだったこどもだったマスクを誰もしていない。
マスクをしてはいけないような風潮があるとの事.福島県内でマスクをすれば県外の人がやっぱり福島は危ないんだという事になり、観光にもこない,物も売れないという事になるからだという。これって悲しいですね。子供は放置されているに等しい。クレイジー!!
みんな,逃げればいいと思うけれど、離れたくない。いわきに避難して来た双葉の人は早く出て行けといわれるという。同じ福島内でも被災者は肩身がせまい。この災難は国を,人々の繋がりをづたづた二された。もちろん,困難な時にこのような状態になる人の関係なんて始めから価値がない。困難な時に出会い、心が通じればそれが本物なのだから、がっかりしたりする事はないのだとおもう
「銀河のほとり」は木造家屋で中に入ると木の香がして本当に手作り,安心食材しかありませんというかんじがすぐ分かる。店主の有馬さんはその店と全く同じ感じの方でした。すぐにアットホームな感じというかふるさとのようななつかしさがあった。(初めての場所なのに、、、)臭いが慣れている臭いでだったからかもしれない。

まもなく30人集まったので店はいっぱいになった,板の間にあ画って,そこで私は話はじめる。
何時も同じなのに,何を話そうかと直前迄悩んでいる,けれど,皆さんの顔をみたとたん、口がうごきだし、次から次と話したいと思うことが後ろから押し寄せて来て喉が枯れそうになるまで話し続けてしまう。自分でも不思議だとおもう。15日からずーと話し続けている。自動書記というのがありますが,私はまるで自動口授のように時間ギリギリ、ゴングがなる迄しゃべる。私少しでもみんな食で自衛に成功してほしいと,今まで積んだ経験の全てを話して分からせたい,納得させたいという気持ちで集中している。

終わって皆さんが晴れたような笑顔で、ためになりました,といってくれるとき、やっぱりよかったと思います。
[銀河のほとり」さんには面白い物がありました。食品用線量器で頼めば皆さんの懸念の物をはかってくれます。それから、備長炭入りのまんじゅう、墨入りのコーヒー,買ってみました。
昔忍者は毒を盛られると炭をのんで解毒してそうな,とありました。私たちみんな毒を盛られているようなものでうから忍者に見習って,私も解毒のふりかけ作ります。

帰りはとてもリラックスして、稜線のなだらかな山並みをみながらかえりましたが新妻氏の連日の助けと撮影、これはもう,尋常ではありません。私も新妻氏も「必要」というものに動かされているのかもしれないと思いました。
2012年5月25日
[PR]
by kyoko-yakuzen | 2012-05-25 18:09

薬膳日々

山田公民館で南台仮設住宅に避難している双葉町の人々への料理講習をしました。
小豆玄米ご飯によもぎ入り,これはじん臓と肝臓をケアーするご飯、キャベツ,モヤシ,トマトの海藻美人入りスープ,これは緊張を緩めリラックスさせルカンタン手抜きレセピ、豆腐の牛蒡蒸し、
小玉ねぎの味噌煮、これは昨日の[山さと農園」の若者が持って来てくれた小玉葱。きな粉のポンセン入りお菓子,甘さけドリンク。と盛りだくさんに楽しく出来るレセピを用意し、皆さんがたのしんで試作し、やってみようという気になってもらいたいと思った。山梨の石川さんから段ボールいっぱい届いたスギナで天ぷらをし、そして皆さんに分けました。スギナの天ぷらは平田さんがもうお手の物ですからおまかせしました。皆さんとても大喜びです。
もう、すでに食の云々は17日にお話していたので前置きなしにいきなり講習にはいりました。

a0160466_22101498.jpg
福島民報」に17日に講演が記事になってでました。
[PR]
by kyoko-yakuzen | 2012-05-24 21:53

薬膳日々

山田公民館で「母笑みネットワーク」主催の講習。比較的若い人々でした。福島市から来た方もいた。始まる前にいわき市の広報の取材があった。
今日はいきなりレセピからはいるも、食材の説明をしているだけでもどんどんおくに行き陰陽のみかた、ついに7段階の見方などの説明になった。豆乳ヨーグルトを田原と自分は調子が悪いは息子は調子がよいという質問があり、陰陽の説明,自分食を見る事の説明ができた。豆乳と塩の関係,夫者の7段階の説明(抹茶ー緑茶ー番茶ーほうじ茶ー三年番茶ー五年番茶ー七年番茶)も出来,皆さん何かすっきりした感じで理解したようでした。来てよかったとよろこんで帰りました。^

講習後、浜島先生のお宅にお邪魔して,お庭を見せていただいたり、抹茶をいただいたり先生お手製の蒸しケーキをいただきました。

夜にいわき市で無農薬の野菜を作っている方、ふるさとをなんとかしようという若い方々が4人新妻氏と共に来た。
福島産というだけで売れなくなった野菜をなんとかしたい,実際には福島で作っていても線量の出ないものもあり、売れるものなのが警戒され売り上げは半分以下になってしまったという。福島産でなくとも非常に線量の高い物もあり、いまや「福島産」は風評被害の打開が出来ない状態です。
朝市を立ち上げ,辛抱強く誠実に安全だという事をアピールして行くのはどうか,と提案してみる。
決してあきらめない,という「山さと農園」の若い佐藤さんはたくさんの小玉葱を置いて行った。
私はそれを見て,なにかかれらの生産が希望につながる方法を考え出せないかとおもう。

2012年5月24日
[PR]
by kyoko-yakuzen | 2012-05-23 11:35

薬膳日々

今日は鹿島幼稚園で講演会、朝、6時に玄米を炊いて、おにぎり30個、さつま芋のいも羊羹を作ろうと寒天を探したがもう切れていた、急遽小麦粉をマッシュしたさつま芋に入れて蒸かした。
9時に浜島先生と平田さんがお迎えに来た時は身支度が終わった居なくてあわててでかけたが、鹿島幼稚園に着くと額賀氏がもう着いていて、間もなく無農薬の花を寄付したいという町田さんがお母様と八ヶ岳からきた。
10時から私は園長先生に紹介されて話しはじめた。なんとなく、話している間に無反応な感じがして、話しながら話の行き先を迷った。質問をしてもらって、子供の体調にかんしての話になった。便秘の説明、喘息の説明で陰陽を分かりやすく話した。水の説明、塩の説明など具体的になった。そして終わってから、悲しそうな顔をした若い女性がか細い声で話かけてきました。原発の近くから避難して来て仮設住宅にいるけれど、一家で遠くに行きたいと悲しそうだった。妊娠中に震災がおきて、どうしてよいかわからない、と今にも涙がこぼれそうでいた。私は山梨に行って新たな生活をする事をすすめたけれど,もちろんそう言ってしまうことの責任の重さを感じていました。でもそれしかないと思うのです。私は彼女のような境遇の人のためにやらなければいけないことをゆっくりしてはいられないとおもった。彼女の連絡先をもらった。

その後、新妻市の案内でいわきで最大被害を受けた久之浜へといく。海辺の家は殆どが壊されて瓦礫も片付いていて土台の石ばかりが残っていて被害の凄さが想像できる。きれいな海はあの日牙を剥いて遅いかかり、今すました顔をしてそこにある。津波と同時に火事が起きて全焼した地域だという。
津波と同時に火事が成り立つとは想像できない。でも木が焦げたまま立っていた。家の残骸に焦げ跡がみえた。半島の先がじしんで切断されたように削られた地肌を背景に焦土のその中で奇跡的に華奢に見える木造の鳥居と社が残っていた。
久之浜大久支所で支所長にご挨拶し、28日に公民館での講習をオーガナイズしている小島さんにお会いした。

2012年5月22日
a0160466_2231032.jpg

[PR]
by kyoko-yakuzen | 2012-05-22 21:00