オオニシ恭子の薬膳日記

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薬膳日々

近くのCさんが息子さん2人動員して家のいらないものをコンテーナパーク(粗大分別ゴミ捨て場)へいくために、分別,運び出しを手伝ってくれた。息子さん達は17歳と15歳、難しいはずの年齢で、父親の無類の過剰親切をどう思っているのかなと気にしたが,素直な息子さん達で父親の言う通り働き、私が2往復したコンテーナーパークにも長男がついてきて重い物を捨てるのを助けてくれた。
長男は、今ブルージュで、ホテル業、パテシエの学校に行っていてとても楽しいと言っていた。パンの何を勉強するの、と聞くと、語学からパンのテオリーなど學ぶらしいが、粉や発酵の意味などだといった。しかし,私が次何をするか感じて先にそれを用意するなどとても17歳とおもえない気の利き方なので、そういう事も學ぶのかそれとも親からなのかと考えた。テレビを見ますか,と聞くとイエスといったので、テレビ,ビデオ、dvdプレーヤーを自分用にとあげると言ったら,父親にお伺いして、最終的には大喜びして、持ち帰った。私がブルージュに来たとき買った物で見たのは2−3回しかないテレビだった。日本女子サッカーのなでしこがアメリカと戦った接戦に興奮して、イスの上で大騒ぎし、そのとき子供さんのケアーできていたHさん親子と主人で観戦したのを思い出すくらいあと、アメリカのカリスマクッカー、マーサースチュワートがゴリラのケーキを作ったのを見た、健康のため砂糖は少しと言ってドバーと入れたのが印象的で,ゴリラの首をチョコレートやクリームで作っていった。ベルギーの料理番組では丸い円形の輪っかになんでも入れるのが得意でなんでもそれなしにはお皿に飾れないという感じだった。
2012年10月31日
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by kyoko-yakuzen | 2012-10-31 16:21

薬膳日々

天井裏にしまってあった古い写真,書類を整理した。気がついたら朝になっていた。IPadをかたわらに
モンゴルがいかに欧州やロシアに進攻していったか、野田首相が東北支援金の裏金を認めたとか、日本軍が中国を攻めそのまま第二次大戦迄いったか、蒋介石がどのように動いたか,聞きながら、懐かしい写真、、、プリントを写真やに頼むとダブルになっていたので2枚づつになっていたのは捨てた。がそれでもまだまだ沢山あり,今後又見るだろうかと思う。わたしも私と映っていた人たちはみんな若く
そして,年月がたって見ると,やはり人生の旺盛なときというのがあり,写真からでも湯気がたってるように臭い立っている。若い最中に死を考える事なく、自分にはあまりまだ関係ないと凡人は思うけれど,誰でも避けられなく死ぬということを覚悟したとき、何をやっても無駄と落ち込む事なく生きているあいだにどう生きるかともっと話し合い,考えるべきなのです。人生の価値にかんして,他の人との関係に関して,もっと考えることになるのではないでしょうか。2012年10月30日
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by kyoko-yakuzen | 2012-10-30 17:43

薬膳日々


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あちこち電話して、銀行にいって、支払いや自動支払いのストップを頼み、家に戻ってイラストの続きを始めようと思ったら,ベルがなって出てみると近くのCさんだった。親切なひとだけど、時をえらばず現れ,まだいるものなども整理してくれて、、、。『雨がふってきたよ」『鍵がドアーにささっているよ」「窓が空いているよ」等々、教えてくれる。ヘラクレスのような力持ちで今日は石のつくばいを一人で持ち上げて運んだ。
庭も整理しはじめてくれたので、見ている時間も惜しく,失礼してイラストをかきはじめた。
薄暗くなって、散乱した部屋でスタンドのあかりひとつでまだ売れないお茶の炉に板を乗せイラストを描いている。床にすわりこんで、背中を丸めている所に『かえるよ」と入って来たCさんにたちもしないで、ありがとうという私をどう思っただろうか、と気にしたが、彼は近寄って来てイラストを見て
『いいね」といって帰った。
テクニックツールの分かる範囲で描いたが,ブルターニュの海藻達を思い出して描いたが,感じはでたと自己満足で打ち切った。
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by kyoko-yakuzen | 2012-10-29 17:01

薬膳日々

あちこち電話して、銀行にいって、支払いや自動支払いのストップを頼み、家に戻ってイラストの続きを始めようと思ったら,ベルがなって出てみると近くのCさんだった。親切なひとだけど、時をえらばず現れ,まだいるものなども整理してくれて、、、。『雨がふってきたよ」『鍵がドアーにささっているよ」「窓が空いているよ」等々、教えてくれる。ヘラクレスのような力持ちで今日は石のつくばいを一人で持ち上げて運んだ。
庭も整理しはじめてくれたので、見ている時間も惜しく,失礼してイラストをかきはじめた。
薄暗くなって、散乱した部屋でスタンドのあかりひとつでまだ売れないお茶の炉に板を乗せイラストを描いている。床にすわりこんで、背中を丸めている所に『かえるよ」と入って来たCさんにたちもしないで、ありがとうという私をどう思っただろうか、と気にしたが、彼は近寄って来てイラストを見て
『いいね」といって帰った。
テクニックツールの分かる範囲で描いたが,ブルターニュの海藻達を思い出して描いたが,感じはでたと自己満足で打ち切った。
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by kyoko-yakuzen | 2012-10-29 17:01

薬膳日々

洗濯機が動かないから、シーツを大量に持ってコインランドリーに行く。誰もいない。
3つの洗濯機を動かして近くの見せのウインドーを見て時間をつぶしたが,日曜だからウインドーをみるばかりで行ったり来たりしていた。本を持ってくればよかった。
脱水をしてかえり、PさんとOさんがきて、洗濯機のゴミを排水させてくれ、洗濯機は動いた。

一人になって,海藻の出版のイラストをコンピューターで描き始めた。つかいこなしていないので、
美味くいかないけれど,手始め,手探りでやってみる。便利さに振り回される感じで手で描いた方がはやいと思うが,送る事など考えるとこれを駆使しなければならない。 2012年10月28日
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by kyoko-yakuzen | 2012-10-28 16:53

薬膳日々

オランダから手伝いに来てくれたMさん、Tさんが帰るべき時間を大幅に遅らして、追い返すようにかえしたが、忘れ物がままありました。
必要なものないと落ち着かないに違いない。人間とは道具なしには社会生活できない生き物ですね。
2012年10月27日
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by kyoko-yakuzen | 2012-10-27 16:42

薬膳日々

朝、8時過ぎ出発,ゲントのVOORUITにいく。正面玄関からにを運んで、2階にいく。長い事住み、なじみのあるゲントのVOORUITといえば、ゲントで一番知られたたてものだ。最後の仕事がここでやるとは!と思いながら,準備にかかる。新たな仕事に興味のあるベルギーの実業家やプレスが招待でくるコンフェランスだとおもっていたが、一種のお祭りで、若い人が多かった,件は売り切れたという。盛況ではあった。内容にかんして最初に聞いていたのと違っていたが、ひさしブリのゲントの雰囲気がそこに満ちていて、なじんだ水のような、気安さがあり、リラックスしていた。
ひとびとにも親しみがあり、理解ができ、ブルージュと大違いな感じがあった。もっと未直な時間の感触というか、自分がとりもどせそうかかんじもある。単にブルージュが観光地ですれ違う人がみしらぬかんじだという事でもないかもしれない。
パリのDさん夫妻がきてくれて、奥さんは台所を手つだい、旦那さんはビジネスプロモーションをしてくれた。
4時に終わって、みんなでゲントのクレープやさんでお茶をする事になった。古いクレープ屋さんでウエイトレスが老女、しかしていねいでおいしくできていた。それからおいしいピザやがあるというので行くが満員で待つ事になる。そこでゲントの夜の町をみんなで歩く。建築に詳しいOさんが町の建築について説明してくれている。そして、あの不思議な老人のいる家の前を通る。カーテンのない
窓の向こうを無礼にもみんなでのぞいていたら、犬が吠え、白髪が思いっきり伸びて、外に飛び散っている、いかにもゲントで年取ったと言わんばかりの、自分の世界を連日,ないがおころうと変えはしないというかんじの縁なし眼鏡の老人がワイングラス片手にこちらをみた。さすがにのぞき込むのは辞めなければならなかったが、その窓ガラスを通してみる世界はいろいろの興味深いものが詰まっている,独特の世界で、もっとみたいとおもう、みせているほうもカーテンなしであかあkとしたなかで悠々と自分のせかいをみせているのだから、誇っていて,見せたい、みられることをのぞんでいるかもしれない。昼間より夜によくみえるのだから、夜の時間をそこですごすときがくると、見せている自分の人生の集積を演出しているかもしれないと思った。
Pさんも加わって大繁盛のイタリアンレストランでピザやスパゲッテイを注文してたべたがおいしかった。”話”はまたはじまって、たべおわっても続きにぎやかだった。
私の所に手伝いの人が入れかわりたち代わりきてくれ結局は話してしまうという事になっているとはなすと、それでは引っ越し作業がはかどらないから話の内容にかんして1、2、3というかんじでテープにいれて聞いてもらってはどうか。youtubeにアップしてはどうかといったのには大笑い,口にチャック,マスクを用意しておいた方が良いということにまでなった、
Oさん達とわかれ、ブルージュの家に帰った3人’(わたし、Tさん Mさん)は「お疲れさま,さーねましょう、その前にちょっとお茶でも一杯」という訳でまた話、又4時(朝の)に就眠。
何ヶ月も前から、大事なイベントと、今日を美味くやらねばと思っていたのに、あまり緊張する事もなくむしろ、淡々として終わった。
寝る前の予定されていない話のほうは、眠いのをこらえて話、聞き、考え,こういう時間は貴重だと言い、今の日本はこういうコミュニケーションで自分を鍛える事をもっとすべきだと言い、
Tさんは爛々と目は輝き、口調は冴えて,「自分のおもったこととは」「今、楽しくて,楽しくしょうがないいんや、何時死んでも,という覚悟はもっている」と熱っぽく語る顔には一種のすごみがあって、昼間にこにこしている顔とはちがってみえて、こちらの目もさめた。
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しかし、よくしゃべった。こんなにしゃべったこともないし、これからもないかもしれない。
私の引っ越し費用に貢献しようときてくれるみんなの気持ちもうれしかったが、もう、どうでもよくなって、なんとかなると気がおおきくなって生きれるだけ生きるしかないとおもう。
2012年10月26日
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by kyoko-yakuzen | 2012-10-26 06:40

薬膳日々

明日の用意を3人で分担しながら,すすめる。海藻チップス3キロ以上、一日中オーブンをつけていた。Tさん,Mさんは作り方を覚えた。家の中が魚の煮物の臭いになった。食事や休憩には話が強烈になって、福島,日本の今後のことで3人は深刻になって話をやめる事ができないから、結局4時(朝の)に寝た。明日のイベントの準備が副で今後の日本の心配が主だった。
2012年10月25日
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by kyoko-yakuzen | 2012-10-25 06:28

薬膳日々

オランダからTさんとMさんが手伝いに来てくれ,26日のための材料を近くのビオスーパーに買い出し。クリスピーに使う胡麻、ウイットローフに載せる海苔とあう果物、パテ用の酢など、、、。
Tさんがとても元気で海藻料理を覚えてくれるとは一年前にかんがえられなかった。食を変えてよかったといってくれ、元気になり、生きる事が楽しいという感じに見えて,誰よりも積極的になっている。
このように出来たのは,始めて私の所に相談に来た日に『ま、ご飯でもたべていって」と言って食事をした空だという。おいしくて,これなら出来ると思ったからだという。
そして,今彼女は厳格に食事療法をしているが、彼女が食べるべき食事を客や友人につくって出して、みんなにおいしい!ということで、彼女のやっている事を理解されているという。
これこそ、本当に伝えて行く事かもしれないと思って、聞いていた。
帰る事を惜しみつつも、協力してくれる彼女や他の方々のお気持ちが私の希望をつなげてくれる。
そしてまだ元気でやって行きたいと勇気付けてくれるのです。2012年10月24日
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by kyoko-yakuzen | 2012-10-24 06:11

薬膳日々

午前中に日通が見積もりにきてくれ、午後はブルージュのリサイクルシップが査定にきてくれ、その後
市役所に出向き、電話が多数あり、飛行機の依頼やら,26日の案内を作ったりした。
夜,11時近くTさんが来てくれ明日から手伝ってくれる。
26日はゲントのvooruitでベルギーのビジネスマン,プレスで新たな産業をさぐるコングレスがあり、
私は海藻料理を参加者に試食してもらう。海藻はあらたなアイテムということらしい。
2012年10月23日
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by kyoko-yakuzen | 2012-10-23 09:04