オオニシ恭子の薬膳日記

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薬膳日々

昨日平群で講習し、今日は一日静かに過ごしていたが、お天気がよく、部屋の前の畑にいってなにかしたくなったので、絣のもんぺに編み笠かぶって鎌などもってのぼる。
畝が緑の草におおわれていてまるでベットのようで寝ころびたくなったけれど、隅に腰掛けて日を浴びてぼーとしていたらとても気持ちよく、こんな気持ちのよい緑の環境を蛇だって,鹿だって,亥だって共有したいのは当然だと思った。そろそろでてくる時期になってきた。
エンドウの花が咲いている。花屋で見ることができない美しさにうたれる。やがて5つ子や6つ子の袋をたくさん付けるかと思うと,うつくしさが凛としてみえる。

明日東京にいく。スギナやよもぎなど摘んでもっていく。
しずかな良い日だった。
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by kyoko-yakuzen | 2014-04-25 18:40

薬膳日々

今,3回目を迎えた日テレの深夜ドラマ『トクボウ』の強制執行に入る前の言葉がおもしろかった。
(正確ではないがだいたいの意味)『動物性食品は控え,食品添加物はチェックして,喫煙などせず,飲酒はつきあい程度,そうして正しく新陳代謝が行われれば,3ヶ月で浄血されるが、やすめば、3ヶ月で老廃物だらけ、、健康とは60兆の細胞をしょってゴルゴだの丘にむかっていくようなもの、
健康とはどうせ死ぬ無情にたえしのぶこと、美容だ健康だと覚悟もなく言うのはやめてもらいたい、、、」だったか、

全く、同感。

40年以上健康おたくしているけれど,いまだに時々老廃物をだすのに苦労しています。しかし、苦労すればするだけのことはあり,注意しなければ老廃物が益々たまると分かっているからやめる訳にはいきません。

100歳近くまで,何食べても大丈夫で見事に思ったことやってなくなったという方の話もききます。
そう言う方もいますが、凄いですね,としか言いようがない,生まれたときから弱く,あるいは途中で問題を持った人は、もう生きる『すごさ」に欠けているのでしょうか。凄くない所をがんばって
ゴルゴダの丘に行くのか,思いっきりやりたいことやって,ゴルゴダの丘にいくのか、多分人は後者でありたいとおもっているでしょうね。しかし前者には生きる物としての共感やニューアンスを共有できるものを感じられるものではありませんか。後者であるのと、前者であるのでは、丘に到達するまでの道道のあり方が全く違う。しかし結果は同じです。
『生きる無情」をどのようにして、60兆の細胞とともに行政していくか,です。
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by kyoko-yakuzen | 2014-04-20 16:16

薬膳日々

昨日,『肝臓のケアー』のお食事会をし,野草の薬草をふんだんにつかいました。

ベルギーにいる時は刺草のスープ,佃煮,天ぷらをよく使いました。庭に刺草らしい物があるのですがとげがないので,はっきり刺草ですという自信が持てないという話をしたら,ある人から「刺草は奈良公園にあります。元々とげはながったのですが、鹿が刺草を食べまくるので,刺草の方が最近は防御のためとげをだして毒々しくなっていて」ということをきき、「なるほど」と思いました。食べられてはかなわないととげを出すようになった、という細胞の判断力と言えばよいのか,生きていることのけなげさということなのでしょうか。家の庭や周囲でみる刺草は安心していてとげがないのかもしれない。
欧州の刺草はふみつけられないよう情報がいきわたっているのだろうか、最初からとげとげです。
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私たち、植物という生き物とは切ってもきれない間柄であり,野の草,つくし、よもぎ、たんぽぽ、
などふんだんにとり,野菜を育てては食べてしまう身としては,せめて草の供養をと『草木塔」を小さな畑にたてている。
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by kyoko-yakuzen | 2014-04-10 14:41

薬膳日々

桜を見に来る人々が参道を通る。午後画廊を開けているとたまに人がはいってくる。
「『もんぱ』ってなんですか。」
画廊にもんぺの改良版をだしていて、自分も愛用してはいているけれど、もんぺではなく「もんぱ」と言います。「もんぺ」という音はフランスではよい印象がないそうです。ならいっそうのこと私のズボン(パンタロン)=モンパがいいということで『もんぱ』になりましたが、年配の女性は『ああ、もんぺね』
といい『いや,もんぱです。」といっても『もんぺよ』と納得して買いません。わかい男女は「ああ,かっこういいですね、欲しいな,いくらですか」『う〜ん、今お金ありません。またきます』といいます
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by kyoko-yakuzen | 2014-04-09 14:42

薬膳日々

長谷寺の桜がきれいというので見にいった。
大勢の人が来て,桜をめでていた。帰りの階段をおり、坂道にさしかかると幼児が「鹿がいる。鹿だ。」と言って騒いでいるので、ここに鹿がいる訳がないのにとその子をみると、目の前の桜の枝をみあげている。私も目をそちらにうつしたら、長い大蛇のような木の先がきられていて、ちょうど鹿の顔のように見え,長い角が2本生えているように伸びていた。その角に桜が咲いているのがなんとも優雅で思わず、意外な物を見たことを楽しんだ。木を切ったのも意識したことなのだろう。そして子供が『鹿だ』と言わなかったら,桜の配色ばかりみたままで、さっさと通りすぎて行っただろう自分と子供をくらべていた。子供のおかげではじめて桜を飾った大蛇か竜の体を持つ鹿の洒落っ気を想像してみたのです。
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by kyoko-yakuzen | 2014-04-04 04:08