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オオニシ恭子の薬膳日記

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薬膳日々

改めて玄米を見直す。長崎の秋月博士が被爆したのになんの症状もでなかったのは、味噌だと博士自身がいった。私は後にわかめだとおもった。わかめと味噌のコンビが相乗効果を出してくれたと。しかしよくよく考えると原爆が投下された1945年頃味噌に添加物がつかわれていただろうか。当時日本人なら海藻も味噌も日常でよく撮っていただろうし、味噌は自家製でさえあったかもしれない。それならどうした他の人は被爆に苦しみ秋月博士とその弟子、また患者は博士のアドバイスに従ってかいぜんされたのか。他の人と、秋月博士とのちがいといえば、やはり玄米か部付き米かの違いではないか。当時玄米は意味嫌われていた。精米された米に食べ慣れていたが、戦時中精米されない、つまり玄米が配給され、それには石などが混じっていて先ず石を取り除き、一升瓶の中にいれた玄米を細い瓶の口から棒をさしこんで搗いて皮を取り除いて食べていた。私にも瓶の中の灰色の米を搗かされた記憶がある。それで、玄米は当時の人々にはよい印象はなく、玄米を食べるくらいならという人が結構いるのです。私が玄米食をはじめた40年前には、よくそういう台詞を聞いた。
戦中、戦後玄米を好んで玄米を食べていた人は特殊だったかもしれない。となると、他との違いは」やはり玄米にあったのではないかと思う。もちろん玄米プラスわかめのみそ汁が、という事になる。
急に玄米が一段と光ってみえる。とぎ汁さえも捨てるのがおしい。最初のとぎ汁をすてずに瓶で発酵させ、それに野菜を浸す。そうすれば放射能を少し落とす事が出来るような気がする。2番目のとぎ汁は瓶に入れ、黒砂糖を少々加え、発酵させ、それを豆乳に加えてみる。そしたら美味しいヨーグルトができるのを知った。これにレモンの皮、リンゴなど入れて食べたらさっぱりしていた。玄米をよくかんで口のなかでよくかめば、口中の酵素と混ざり発酵し、これはきっとは放射能ばかりでなくいろいろ除去する効用があるのだろうと、改めて確信にちかい納得をした。それが胃へいき、ペプシンとまた発酵して、益々良くなるにちがいない、体が必要なものを持っているのに,外部からあまりせっつくように摂ってしまうと体の機能を怠けさえ退化させる事になるのではないか、だから、
自分の製造機をしっかり使うべきなんです。   2011年6月9日
by kyoko-yakuzen | 2011-06-09 00:40